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読んだのはひたすら昔のことだが、一応心に残った作品だったので感想なりなんなり、つらつらと。

夏目漱石、『こころ』

一応この作品の一部、ごく一部だけ、高校のときにやった記憶がある。
なんか現代文のテストに出された記憶がある
「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」なんてセリフが、ひそかに学校で流行ってた。なんて言えないw
まあそういうわけで、少しだけ読んだことはあった。
それでもやっぱり、全部読むと全く別の物語であったりするわけで。

とにかく、余りにも有名な作品。
多分、漱石の作品の中では初期三大作品(たしか『吾輩は猫である』『三四郎』『坊ちゃん』だったと記憶している)の次に有名なのではないだろうか?
簡単にストーリーを説明すると……
主人公(大学生)が、たまたま海で知り合った「先生」(帝大出身の無職男。「先生」は、主人公が勝手に呼んでいるあだ名)と人生について語ったり、「先生」自身の事を知ろうとしていく、という物語。
第一部では「先生」と主人公の出会い~親しくなっていく過程を。
第二部では親が危篤状態のため、大学を卒業して実家に帰った主人公の心の動きを。
第三部では「先生」が主人公に向けて書いた手紙を。
それぞれ、書き連ねている。

まあとりあえず、素直に感じたこと。
とにかく、色々と考えさせる作品だった。
一部、二部、三部とも全く別の事をテーマに書かれている気がした。

一部はとにかく、人間の生きるべき姿だとかいったことの話題が多かった気がする。
熱く生きようとする主人公と、のぼせず生きろと言う先生。
どちらの意見も正しそうに見えて、どちらも間違っているようにも見える。
一時の感情に任せて熱く生きるべきか、そんなものは完全に閉ざして冷めて生きるべきか。
最近分からなくなっていることだったりするだけに、深く考えさせられたり。


二部は将来に対する、主人公の不安。
これはちょうど今の俺と同じような状況かもしれない。
あの当時と今とを比較すれば、たぶんあの頃の大学卒業後の精神状態ってのが、今の大学在学中の精神状態とほとんど同じなのだと思う。
仕事のあても無く、親父が死にかけだというから近くにいる。
それでもこれからの自分はどうすればいいのか分からない。
……なんかリアルに、数年後の俺を見てるような気がして嫌だったりする


それでも、一部と二部は三部に対するプロローグと言ってもいいかもしれない。
この作品のメインは三部だ。

三部は「先生」から主人公への手紙という形式で書かれているため、当然「先生」が語り部になっている。
書かれているのは、「先生」が大学生のころの、恋愛と罪、そしてその後の罰への恐怖。
とにかく、様々な話題が出てくる。
特に恋愛に関する物が多い気がする。
胸に響いたことも多い。
少し引用すると……

『始終接触して親しくなりすぎた男女の間には、恋に必要な刺激の起こる清新な感じが失われてしまうように考えています。香をかぎうるのは、香をたきだした瞬間に限るごとく、酒を味わうのは、酒を飲み始めた刹那にあるごとく、恋の衝動にもこういうきわどい一点が、時間の上に存在しているとしか思われないのです。一度平気でそこを通り抜けたら、慣れればなれるほど、親しみが増すだけで、恋の神経はだんだん麻痺してくるだけです』

『もし愛という不可思議なものに両端があって、その高い端には神聖な感じが働いて、低い端には性欲が動いているとすれば、私の愛は確かにその高い極点をつらまえたものです』

前者は結構前に、似たことを実体験しているようなものなので実感があるし。
後者は、結構俺の考えと似ていたりする。

最終的に「先生」は、同じ人を好きになった友人を半ば裏切って好きな人を獲得する。
それでもその友人が自殺してしまったことで、罪の意識にさいなまれる、というものだ。

罪悪感と求罰感は、往々にして自己満足・自己完結なものだと思う。
他人が赦そうと、自分が赦してくれない。
そして人間は、それを騙し騙し忘却しながら、あるいは少しずつ自分なりに罪を償いながら、日々を生きている。
それでも。
余りに罪が重すぎたり、性格がまじめだったりすると、こんな結末も迎えてしまうらしい。
それなら……俺はどうなのだろうか?
自己満足な償いを行うのか、忘却するのか、それとも……壊れるのか?
分からない。


とにかく、いろんなことを考えさせられた本だった。
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今日、『舞姫通信』(重松清 著、新潮文庫 出版)を読んだ。

簡単に言うと、高校教師を語り手として、自殺をテーマにしたもの。
この間Thanatosという記事を書いたから、結構タイムリーな話題。
いろいろと死について考えさせられたが。
また自殺云々の話をするのもだるいだろうから、率直な感想を。

この作品は、まだ死を感じない時期に読むべきものだと思う。
実際作者はあとがきで『この物語は、誰もいない教室で読まれるのがいちばんふさわしいのかもしれない』と述べている。
面白い小説、というよりも、寂しい小説、と言ったほうがしっくり来る気がする。
簡単にストーリーだけを読み進めるような物語ではなく、何度か本から目を離して、いろいろ考えさせられた。
だから、いろんな人――特に俺のような年齢の人には、読んでもらいたいな、と少し思った。

人は誰でも、気づかないうちに自分の人生のラストシーンを始めている』という言葉が、今でも心に残っている。



ただ、誰にでもこの本を薦めたい、というわけでもない。
これは、読む人を激しく欝にさせる可能性もある
これを読んだせいで自殺などされたらたまらない(苦笑)
ということで、ある程度「死とは何か」とか考えることができる人には読んでほしいと思う。
そういう人たちにとって、考え方の選択肢が増えるだろうから。


……ここまで読み返してみると、結構危険な思想だなw
なんか最近ブログの内容が、以前にも増して堅く、重くなってきている気がする……


大丈夫、俺は病んでるわけじゃない。
いや、多少病んでるのかもしれないが……
それは昔からさw
むしろね……

正直、ネタ切れなだけですよw
十日ほど前からチョコチョコと読んでいた本を読み終わった。
その名も……



エンダーのゲーム
enders_game_cover.jpg




結構有名な作品なので知っている人は多いかもしれない。
アメリカのSF小説を翻訳したもので、原書はOrson Scott Card作の"ENDER'S GAME"。
俺が読んだのは1987年出版の、早川書房から出されたもの。ちなみに訳者は野口幸夫。

率直な感想。



これ、メチャクチャ面白え!



本当に30年ほど前に書かれた作品なのか、と疑うほど。
かなり完璧な未来予想が成されているからだ。

と、そんな考察というのは他の人間たちによってかかれたものが、かなりの数が存在するのでやめておく。
素直に、感想だけを書こう。

まずは「天才」ということに焦点を当てた作品だ。
いつの時代でも「天才少年」というのは、SFには無くてはならないものらしいw
そして、二転三転する主人公を取り巻く状況と、多彩なサブキャラたちを細かく描いていくという要素で、一気に読めた気がする。
ここまでいろいろな人間性を表すことができるのは、かなりの技術がいることだと思う。
それでもちゃんと人と人との性格を書き分けているのは、さすがの一言。


いろんな点で、影響を受けることになりそう。


少し調べてみたところ、実はこの作品にはかなりの続編があるらしい。
これから集めてみようかな……
  
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