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ブログ毎日更新してやる!とか一瞬思った時期が俺にもありました


てなわけで脈絡も何もなく、唐突に真面目な話。主に学術系。


web2.0は確かに、従来のコンピュータからすれば画期的な考え方であったと思える
しかしweb2.0という言葉自体が死語となってしまった今現在
巷ではクラウドクラウドとうるさいけど(そのブームも沈静化したように思える)、その根本はwebに情報がちりばめられているという考え方だ

確かにコンテンツ閲覧者とコンテンツ提供者の二元一致は行われた
個人的にこの技術の最たるものがブログ(SNS、twitter等を含む)とwiki、そしてソーシャルゲームである
自由に情報を発信でき、更にそれを取捨選択して得ることができる
その集合知の考え方は偉大かつ、従来の暮らしを変えうるものであると思う


しかしながら、web2.0の問題点を自分はここに見る
それはコンテンツ提供者は「提供する気のある者」に限られるということだ
たとえばゲーム攻略wikiだって、その攻略情報を知っている人間がいようとも、それを発信する気がない人間はwikiの編集を行わない
このブログだって、ゲームのことや個人の日記など、本当にくだらないことでも良ければ、多分書くことはいくらでもある……にも関わらずこの更新頻度の有様だ
そして本当に「発信するべき情報」、あるいは「閲覧するべき情報」という物を発信できている人は数少ない


以上の「発信するか否かの選択性」という点を問題とした時、ひとつの解決策を考えた
『webに集合知の考え方があるならば、それを利用すれば良い』
単純明快だとは個人的にも思う


若干飛躍するが、この性質は知識獲得という分野と高い親和性を持つ
ここで言う知識獲得ということの意味を説明すると……

Q1.勉強で分からない事がある
A.グーグル先生に似た様な問題が無いか検索すればいいじゃん!

Q2.このキャラのコンボを知りたい
A.攻略wiki見れば載ってた!

……というような、知りたい情報を知る術である

しかしそれを、「明確に知識や情報を求めた行動」に限定するのは勿体無いように思う
例えばamazonの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」の機能で、ついつい目移りしたことは?
あるいはニコニコで「この動画を見た人は(ry」で延々と動画を辿り続けたことは?
さらに言うと、wikipediaでリンクを辿っていたら二時間経ってた、とかいう経験は?
これが「明確に知識や情報を求めていないのにとった行動」である

上記の例でwikipediaは除くとしても、他はある意味で「人の無意識」に起因する法則を利用したものであるだろう
「無意識」を上手く抽出できるようになると、たとえば利用者が知識を得る段階で取った行動(webの閲覧履歴やリンクの飛び方など)を元に、自分と考え方が似た人間がどのような行動を取りたがるか(つまり、『この商品を~』の件)が分かるようになる
これにより、先に述べた閲覧者と提供者の二元一致は完全なものになると思う
もっとも、こういう履歴を取るとかいうことが、危険性を孕んでいることも否定できないのだけど

とにかく自分の考えでは、この「無意識」部分をより明確に抽出していくことで、webの機能はさらに世界を変え得る力を得ると思う
そして僕は、多少ながらも世界を変えたいと結構本気で思っている





てなわけで、大学の研究室は人工知能分野の配属になりましたって話
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